
卓球の練習場所と実家は近い
そもそも、私の家と実家は近い
家を出ている妹も弟も、よく実家に帰る
母は幸せだと思う
実家で出るご飯は茶色く、目新しくもなく、THE和風だが
世の中で一番おいしい
フレンチ?ミシュラン?名店?老舗?
いやいや母の料理に勝るものなど、ない
そういえば・・・
父が死んで初七日だったか、坊さんが説法をしたときに
「お父さんはいま、ここにいる」「紫の服を着て、高いところにいる」と
遺族を安心させるようなことを言うじゃないか
その場には、残された家族と、母方の親戚もいた
まあどこでも同じようなことを言うとるんだろーなーと思って聞いていた
「お父さんに何か聞きたいことはある?」というので
私は「幸せだったか聞きたい」と言った
返事はどうせ「幸せだった」だろうと思った
しかし、坊主が言ったことは違った
私ははっとした
「自分が死んだことで、みんなが仲良くしてくれているのがうれしい」
だったからだ
父は、母とも、母の親戚とも折り合いが悪かった
はっきり言って敵が多かった
近所さんとも仲良くやれなかった
まっすぐで実直で、飾り気がなく、真面目であったが、金儲けも世渡りも下手であった
父が死んだことで、母方の親戚は、母のもとへ集まり結束したような雰囲気があった
坊主がわが家の事情を知るわけがない
だから、普通は言わないような、こんな突っ込んだことを言ってきて驚いたのだ
そして、「父はここにいる」と思った
涙が出た
自分が消えて、地固まる
なんて寂しく悲しいことであろうか
・・・が、しかし
自分が死んで、なしえたこともあった、ということだ
自分が死んで、意味があった、ということだ
私は近いうちに死ぬだろう
そのときは誰にも知らせず、葬儀もせず、消えていく
そのとき、私は、命をかけて産み育てた子どもたちに何を残せるだろうか?
「ままが死んで、姉弟仲良くなった」でもいい
「ままが死んでせいせいした」でもいい
今は1円でも多く残したいと、節約に節約を重ねている
早く、天国の高いところで紫の衣をまとった父のところへ行って
「あのとき本当にそう思ったの?」と聞きたい
そんな日もそう遠くはない
