私の兄は仮死状態で生まれて
5歳くらいまでは家で面倒を見ていたが
私たち下の子のためにと、親がなくなく施設に入所させた

・・・と、聞いているが
小学校に入学する年になったから、ではないかなと思う

いずれにしても、両親にとって初子だから寂しかっただろうし
出産時の異常がなければ兄は健常で生まれてきたはずだから
特に母の背負う悲しみは計り知れない

福祉制度に文句を言うひとがいるが
私や私の家族は福祉の恩恵を受けて生きてきた
福祉の手がなかったら一家心中していただろうよ

兄だって、手厚く、手厚く、施設で優しくしてもらっている

施設での虐待というニュースが出てきたのは
高齢者が増えてきたころからだと思う
(障害者は死ねという大量殺人事件もあったが)
私も、よくしてくれている施設でそんなことがありはしないかと
幾度か突撃で施設を訪れたことがある(ごめんなさい)

あるとき、兄のベッドで
若い看護師さんが兄の指を持ち、爪を切っていた
それを背後からじっと見ていると
兄が喃語で話しかけているが、もはや家族にしかわからない、聞き取りつらい言葉を
何とか聞き取ろうとしてくれていること
兄をちゃんと「さん」付けで呼んでくれていること
その言葉がとーーっても優しくて・・・
私は施設の人を疑ったことを恥じましたね

その関連施設で暮らしてもう50年以上・・・

兄は一回も歩くことなく人生を終える

私は、そのぶんも生きなくてはいけない
だから少々、睡眠時間が少なくても、仕事が大変でも、移動が長くても
何か犠牲になってもいいんですよ
2倍生きてちょうどいい

そんなことを思いながら、今日は施設のお祭りに参加
5年ぶりだそうで・・
抵抗力のない障害者の集まる施設だからはやり病なんかになったら命取りだから

昼にコーラスがあり
兄は中央に位置してぼんやりしていた
私が手を振ると、私を見つけて手をゆらゆらと揺らし「せいこー」と言っていた
涙が出た

3曲目、突如として兄が口を動かし始めた
ピアノにのってちゃんと歌っている
母が言う
「好きな曲しか歌わないんだから」と

そうか、その曲が好きだから歌ったんだね
あとの曲はどうでもよかったわけね
それくらいの自由はあるよ!!それでいいよ!

兄は、兄の小さい小さい小さい世界で
でも、自由に生きていると思うことで
健常に生まれた私は少し救われている