小説家になって、自分の自由な世界を描いて生きていきたい
10代のころからそう思っていて、今も同じ夢を追いかけている(息切れ)

残念ながら私の自由な世界には、あまり価値がつかず・・・
いくばくかの賞金と、小説が掲載された本(作品集)が3冊、世に出ただけだ

今は、その真逆で「こう書いてください、文字はこれくらいです」という指定の中で
窮屈だなと思いながら、でも意向に沿う文章を書いて、相当高いお金をいただいている
これだけのキャリアを重ねると、もう誰も注意したり指摘したりはしない
(修正はあるけれど)
そこをおごらず、でも、自信と誇りは持っていないと、フリーランスなどとうていやっていけない
「できるかなあ」なーんて言っていたら、その瞬間に別の人がその仕事を受注するわ!

今から約20年前、私の中で最高の賞金をもらったときのこと
表彰式で、他の受賞者と、選者、関係者と顔を合わせて会食した
豪華な弁当だったような気がする
食べるのが遅くて「じゃあこれで」と言われて、焦って食べたことを覚えている
選者が万年筆を使っていること、その太さなどの会話があった(もちろん加われなかった)

私は2席だったので、並びも扱いも真ん中で一番気が楽だった

1席の人は、障害をお持ちで松葉づえをついておられたが、
確か2回受賞されたのではなかったか・・・?
しかし、残念ながら10年後くらいに再び新聞で名前を見ることとなった
事故死だった
珍しい名前だったし、同じ時に受賞したのでよく覚えている
ご冥福をお祈りしたい

3席の人は、えらい軽いノリのフリーライターの人で
当時、ただの主婦だった私にはキラキラして見えた
「このあと、広島で飲むから、来るか?」と言われた
幼い娘を残して、そんなことはできなかったが、今なら行けるのだが!!笑

名刺をいただいたので、ときおり、連絡していたのだろう
やがてSNSが登場し、細く長くつながっている
数年前の文学イベントで再会もできたし、取材もさせてもらった
今も、受賞式のときのノリで「忙しいが儲からん」「飲むからでしょう」という会話をする

また授賞式に行くことがあれば
こうしたい、ああしたいという思いばかりが募る

賞は遠くて、魅力的で、目標で、励みで、唯一、私を頑張らせてくれる燃料である

大きな花を咲かせたい
花火を打ち上げたい

そして、そのときは、恩師に感謝を伝えるのだ

そう思って、もう何年経つだろうか・・・