自宅と小学校の通学路は自然豊かだった
春はツクシ、桜、ツツジ、タンポポ
やがてタケノコが生える
田の稲の成長が、季節を教えてくれるようだった

夏本番になると、蓮の葉が広がり
独特の香りがただよう
強い日光に照らされても、葉は弱ったりしない
大きい葉を、カエルのように持って傘にしたいといつも思っていた

雨上がりにはコロコロと転がる玉ができ
いつまでも見ていられた

そして蓮の花は美しかった
お釈迦様にぴったりだと思っていた(今も)
ピンク色もあるけれど白が好きだった

本が好きな子ども時代、「すじこ姫」とかいう本があって
蓮の茎から出る筋を集めて染めて何かに織り・・・というシーンがあった
実際に蓮田から1本拝借して、茎を折って筋を取り出してみた
すーーっと筋が出てくる!!
でも、本のように織物に仕立てるには、相当の本数がいりそうだと思った

泥からこんなに美しい花を咲かせるなんて!
「泥中の蓮」とか・・・これは偉人の言葉でしょうか???
辛くても誰も見向きもされなくても、最後に花が咲くならいい
花が咲くなら誰でも努力するけれど、誰でも咲くわけでもないのが残念で辛苦する

蓮の実ができるころになると、いつもちょっとした恐怖心があった
あの実の集合が怖いのだ
小さいものが集まるのを見るのが苦手だった
大人になって「トライポフォビア」(集合体恐怖症)という名前がついていることを知った

・・・と、ここまでの文章をものの3分くらいで書いた
思い出の引き出しは山のようにあり
今何かお題をもらっても、3分スピーチくらいは瞬時にできる

司会でマイクを握っていると、台本通りにいかないことのほうが多い
どんなことでもさらりと受け応えできるくらいの人生を歩んだ
死ぬ間際にはどんなことを思うだろうか・・・蓮に寄せて 20230702